まとめ

【REVIEW】美術館の透明な壁、趣味家のショーウィンドウ

2. ガラスの扉を叩き破る

その距離―物と鑑賞者の―を消すことの出来る、その透明な壁を消し去る方法は、なにも文字通りの破壊行為で解決する必要はない。というのも、触れることの出来ないものに与えられた価値がお金で交換可能でとなり所有が可能になったそのとき、薄くも強力な壁は消え去り、扉は開かれ、物と私が限りなく近くなる。それこそが商品が陳列しているショーウィンドウだ。趣味家(Taste house, 취미가)で行われた展示《趣味官》には30を超える作家の様々な作品が紹介される。展示会場に足を運ぶと、厳粛な美術館の姿ではなく、まるでホビーショップのような雰囲気が漂っている。(そして現にこの企画展は「まんだらけ」をもとに構成された。)DJのパク・ダハム(박다함)のMixが流れ、歩いているのはきちっとした恰好のガードマンではなく、売り場にいる店員である。そこには幾つものショーケースがあり、その中、つまりガラスでできた扉の内側に作品が見える。大きさの異なるオム・ユジョン(엄유정)のドローイングや、写真家デュオ「圧縮と膨張」の個展《ハニー&ティップ》で紹介された写真、そしてその写真を用いた作品、そしてチェ・ハヌル(최하늘)のオブジェなど、それ以外にも様々な作品が紹介されている。

 

ホン・スンヘホン・スンヘ

 

クォン・オサンクォン・オサン

それらは価値があるせいか大切に、そして厳重にディスプレイされている。これはまるで博物館/美術館の場合と同じである。しかし、そこでどのような価値を見出すか、という点で違いがある。《趣味官》で並べられたものは―事実先ほどまで「作品」と書き記していたが―作家のコレクション、作品、またそのモチーフをもとに作った実用的なグッズ、この3つに分けることが出来る。クォン・オサン(권오상)の車はおもちゃとして遊ぶことは難しいかもしれないが、ホン・スンヘ(홍승혜)のデザインした時計やノートは、買って使うことが出来る。これらの作品の場合、前者は実用性から芸術作品に、そして後者は芸術作品から実用的な物へと移行する。結果的に、ここでは実用性と芸術作品を結びつける1つの往路にすぎない。これにもうひとつ付け加えるなら、それは前述のコレクションの場合だ。実用性を備えた物が作品の材料や作品を成すものぶあるケースと、収集品はここで視覚的には違いを見出すことが出来ない。例えば、パク・ミナ(박미나)の筆箱とジャクソン・ホン(잭슨 홍)のバスケットボールを見て、それが作品なのか、作品の一部なのか、または作家の趣味の一部なのか、判別できない。

 

ジャクソン・ホンジャクソン・ホン

 

KPS, パク・ミナKPS, パク・ミナ

このガラス扉の向こうで、芸術作品、グッズやコレクション、または作品の一部などは、視覚的に見分けることが難しい。それは鑑賞者の視線が唯一見定めることの出来ない、不可侵の領域とも言える。この限界に抗う方法は果たしてなにか?それは所有する行為によって可能になる。それは、ある特定のものにはじめから多くの価値を見出そうとする努力ではなく、所有することによって価値を掘り起こすという意味だ。陳列されたコレクション、作品、デザインされたグッズは、それぞれの価値を備えているにも関わらず、接近不可能なかたちで、鑑賞によって同等の価値として扱われてしまう。この状況を克服しようのであれば、所有によってその価値を取り戻す必要があるだろう。つまり、物を購入することによって、その抑え付けられた価値は、また活き活きと蘇る。ここでいう価値の再発見は、美術作品を取り出して遊んでしまえ、というのではなく、それぞれの価値を区別することが出来るという点である。つまり、取り出したところで鑑賞しかできない物を、美術作品らしく扱う行為、それが購入し所有する行為によって、区別され明瞭になる。

 

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