まとめ

【お知らせ】ソウル・フォトフェスティバル(서울사진축제)の特別展が開催されます!

2018 ソウル・フォトフェスティバル《BRAVE NEW WORLD》が11月1日から開催された。今回の特別展として、写真作家のキム・イキョン(GIM IKHYUN, 김익현)を企画に迎え、SeMA StorageとPlatform Changdon 61の二箇所で展示が行われている。

[ソウル・フォトフェスティバルのポスター]

以下は当企画、

Walking, Jumping, Speaking, Writing.
境界を、 ソウルを、 世界を、 次元を.
경계를, 시간을, 세계를, 차원을.
신체는, 링크는, 언어는, 형태는.

に向けた、企画者本人によるステートメントである。

 

[SeMA Storageのポスター]

Walking, Jumping, Speaking, Writing.
境界を、 ソウルを、 世界を、 次元を.
경계를, 시간을, 세계를, 차원을.
신체는, 링크는, 언어는, 형태는.

Walking.

テッド・チャンの小説「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」は、主人公のアナが飼育士として働いていた動物園が閉鎖され、職を失った時点からストーリーがはじまる。幼い頃のアナの夢は、ダイアン・フォッシーとジェーン・グドールのようにアフリカに行ってみることだった。そして彼女は、仮想世界のペットをラーニングさせる、新たな職に就いた。仮想世界のペットであるデジアントは出仕前のテストで「fuck」という単語を言い放った。小説の中で人々は、デジアントが学習した全ての時間を巻き戻すことで、この問題を解決する。デジアントは4日間分の経験を失ってしまった。「初めて丘を転がったことまでも」。デジアントが吐き出した「fuck」という単語は、トレーナーとして働いていた一人が机に膝を強くぶつけた時に放った言葉だった。時間が次第に過ぎてゆくと、人間はデジアントを現実の世界へと連れてくる。彼らはロボットの皮を身につけ、現実世界で彼らの仲間と出会うことになる。小説で描いている仮想の環境は、物体の表面に感触を与えなかったがゆえに――2018年の「仮想」環境とも似ている――彼らはすぐさまに質感に魅了される。彼らは「建物の階段についている、滑り止めテープのざらざらした感触に触れながら、時間を過ごした。当たり前のことだが、ロボットの皮に一番交換が求められていた部品、それは手に備えられたセンサーフィードだった。」

Jumping

渋滞中、手にしているスマートフォンでナビのアプリを開き、「別経路探索」にタッチする。目に映るのは、荷物を沢山載せた1tトラック。眼は現在を、手は未来に向かって動いている。そうすることで、現在と未来を素早く行き来する。10何回も繰り返しているうちに、私の体は、過去に私が行こうとしていたどこかに着いている。とある時間は巻き戻せても、ある時間は巻き戻せない。逆の場合も然り。私たちは、一つの手で、どんなものでも見ることができる、しかし、直にそう触れられない。物理的に不可能なポイントが少しずつ存在する。一方、あらゆることが可能な世界を、重ね合わせながら生きてもいる。幾分飛躍した言い方だと、私たちは過去みたいな過去、現在みたいな現在、未来みたいな未来のどこかに経っている、と言える。SFの話をしているわけではない。体についた時間と場所、そして記憶はあるポイント――二つの眼、また、指先かもしれない――に集まっては、また散り散りになるのを繰り返す。この問題は言語・形態・次元へと広げて考えられる。2つの世界を行き来する際、或いはより多層的な世界を移動する際、何が見えて、何に触れるのだろうか?

Speaking.

もしかすると展示は、擦り切れてしまった指のセンサーフィードのようなものを拾い上げ、あれこれ――ただ頭の中で――辺りを見渡すことから、はじまったのかもしれない。若しくは、iPhone Xを使いはじめて、両手親指の関節が痛んできたせいなのかもしれない。ざらざらした感触とすべすべした感触が生み出すそれぞれの世界があるとすれば、それらはどれくらいの距離をはさんでいるのだろうか?ふたつの世界は、互いに翻訳できるのだろうか?すべすべした感触とざらざらとした感触が作るふたつの世界の時間と場所、そして身体はどのようにして互いに触れ合えるだろうか?

イ・ミンジ(Minjiyi, 이민지)の『Field:Trip』(2018)は2017年の旅行で記録しておいた座標値を、Google Earthに打ち込むことからはじめられた。Google Earth、そのデータとコンピューティングで構築された世界は、晴れ・やや曇り・曇り・晴れと変わり、時は流れる。座標値に基づき点から点へと移動する世界、そこにある丘と滝、座標についた氷の塊は――プログラム上の時間調節によって――凍っては溶けてを繰り返している。作家の見た丘、或いは滝、また氷の塊は、今も尚溶けては凍るを繰り返しているだろう。

『サイト・ラグ』(2017)に残された場所は、時が流れることがない。停止している世界は、以前に見た時点での場所を思い起こさせてくれる。そうして、時が流れる世界を行き来する。指先で時点を動かし、時を動かし、巻き戻しを繰り返す。ここで、作家の探している世界はどこにあるのだろうか?両眼で見た氷と写真、その氷と写真に標された座標値はどこを指すのか?作家の見たもの、それは果たして白夜がはじまる空なのか、明い光が溢れ出るモニターの画面なのだろうか?写真と記憶とデータで構築された世界を、そっと積み重ねた『Field:Trip』(2018)は、どうしてまた写真なのか?写真はポジからネガへ、フィルムの中の小さな粒子からBlow Upされ散り散りになったインクへ、表面からまた曲面へ、またはこの全ての過程とは逆戻りで動いている。動くということ、それは身体か、はたまたリンクなのか。

オ・ヨンジン(YEONJIN OH, 오연진)の『As if』(2018)はアナログの白黒写真の印画方法であるゼラチン・シルバープリントで制作された。グリッドで並ぶ、48枚にも及ぶ同じサイズのプリントには、どれも異なる像が定着されている。この像をパターン・記号・カメラで撮った小さな風景と分類できる。しかしもし、分類の仕方を異なる方法で調整してみると?黒と白、直線と曲線、ポジとネガ、或いはこの項が組み合わされた形だと、その場合はどのように映るのだろうか?それは実の世界に基づくイメージなのか、それとも抽象化されたパターンなのか。作家は、依然として効果的な再現手段と準える、でもその一方で、今となってはなにも保障できない、今日の写真が得た多重な位相を見計らっている。拡大機のレンズと印画紙との時間と距離、その間を忙しく行き来する作家の手が、それぞれ異なる時間と空間を生み出している。

シリーズ『Double negative』(2018)は、作家が関心を示してきた――鏡と風景のように:イメージという次元では、完璧に二項に分けることの出来ない状態――矛盾・角逐される境界、または合間を調律するのに、新しい条件項を代入する。作家の用いるアナログ・クロモジェニック印画は、油剤が塗られた印画紙にC/M/Yフィルターで調整・露光し、現像液に反応させ、像を留める過程を伴う。フィルターには3つの調節ダイヤルがついていて、それを回しながらネガティブ・カラーフィルムに透過させる光の色合いを調整する。ここでフィルターの調節ダイヤルは正確な数値で表れるものの、それ自体はイメージを生成する条件にはならない。像が浮かび上がるまでには露光時間・多重露光・現像液と組み合わせた比率と温度、印画紙に現像液が触れる時差、面積などの条件を伴うからである。光に触れて生み出された空間は、どんな空間と言うことができるのか。制御不可能な変数によって生み出されたイメージ/風景は、どんなもののように見える必要があるのか。作家が思い描いていた空間、いやその予想とは異なる、また別のどこかだろうか。二つのシリーズは――小さな痕跡に、多くの存在を暗示させる写真は――特定できないもの、その状態として互いを照らしている。

キム・ジュウォン(Kim Juwon, 김주원)は『失敗したドキュメンタリー』から派生したシリーズ、『明るい世界』(2015)に続く、2番目の作品『過去が過去を呼んだ夜』(2018, edit 1)を発表する。ファイルの立場で考えたとき、番号はもとの時間とは関係なく作者キム・ジュウォンから与えられたものだ。線を引いたタイムライン上へとアップされた00001番の写真と、それから繰り広げられた記憶/ストーリーは並べられたファイルの順番どおりに進むわけではない。というのも、彼が写真のファイルに収められた情報から確認できる時間のデータ・記憶・フォルダ内の前後のイメージとの関係、ウェブを介して得た情報などをもとに、ハードディスクに保存されたイメージは、連想された物語と共に一つずつ説明されるからだ。60分もの間上映されている写真と、作者の物語は続いてゆき、ジャンプしてはカットを繰り返す。「ビッグ・マフ」のペダルを踏む瞬間、映像に収録された音楽は作者キム・ジュウォンを、そして私たちを過去のどこかに連れて行ってしまう。60分にも及ぶ音楽は、少しずつ変化し、繰り返され、重ねられてゆく。00002、00003番のファイルへと繋がる彼の写真と物語は、暗い夜、過去のイメージ、或いは来る未来のイメージの両者を絶え間なく呼び出している。

THE COPY TRAVELERSは加納俊輔・迫鉄平・上田良で結成されたアーティスト・グループである。彼らはコピー機・スキャナー・カメラといった様々な道具を用いて平面のイメージを生み出す。一枚の写真の中の、ちょっとした景色をはさみで切り抜き、雑誌の中からイメージを取り出し、その情報または脈略を変えて並べて作品を作る。そのように再度組み合わされたイメージ/オブジェをコピー機・スキャナー・カメラといった光学機器で別の次元へと移し、その状態そのものを観察する。
『あの日のコピササイズ』(2016)にて3人の観点は、そのような過程を経て、一枚の平面のイメージへと組み合わされ、またそのイメージを切って重ね、一つの平面、或いは実際の世界と重ね合わせている。彼らは、始まりも終わりもないことを実行している。出発点が複数存在している状態から、お互いに重なるポイントを見出すとき、そこは原本でも複製でもない、内でも外でもない場所と言えるだろう。「写真がボールになって跳ね返り、ボールが写真になって隙間を持つ。」「手から手へ渡され散り散りになる寸前の紙切れを、一体どうやって舞い上がらせるのか?」これが彼らの問いであり挑戦である。京都から持ってきたデータを『抜き足、差し足、ソウルだし』(2018)に[比喩ではあるが]出力し、彼らはまたどこかに旅たってしまう。

Writing.

[テッド・チャンの]小説「あなたの人生の物語」で人間は、ヘプタポッドという外界の存在に出会い、言語的アプローチとして4つの自動詞「歩き、走り、話し、書く」を試みる。自動詞は動詞の動きや作用が主語にのみ影響を及ぼすため、一番シンプルなコミュニケーションとして活用できる。私たちの<身体は、リンクは、言語は、形態は>が<境界を、時間を、世界を、次元を>に触れ、出会うところ、その場所だけに存在する言語体系がもしあるなら、相互に翻訳可能なのだろうか?その一部だけでも翻訳可能なら、目の前の細かなことまでも根掘り葉掘り、いちいち比較対照することから始めることになるのではないか?その前までの手はずを繰り返すことで知れる世界には、どんな時間が流れるのだろうか?とにかく、서울には、皆が知っているように、少し変な時間が流れている。

キム・イキョン(GIM IKHYUN,김익현)
アーティスト/キュレーター

会場
[SeMA Storage] (SeMA 창고, 서울특별시 은평구 통일로 684 서울혁신파크 5동)(地図)

[PLATFORM CHANGDONG 61] (서울시 도봉구 마들로 11길 74)(地図)

■会期:2018. 11/1~11/30 10時~19時 *月曜休館

■参加作家

[SeMA Storage] Kim Juwon, YEONJIN OH, Minjiyi, THE COPY TRAVELERS (加納俊輔, 迫鉄平, 上田良)

[PLATFORM CHANGDONG 61] CO/EX (An Chorong, Kim Juwon), LJ SUNGMIN x Kwon Youngchan

 

*なお、ソウル・フォトフェスティバルのメイン会場での展示は、11月1日~2019年2月10日までSeMA, Buk Seoul Museum(서울시립 북서울미술관)(地図)で開催されます。(平日10~20時・土日10~18時、月曜休館)

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