「VS, x, ft., edit, &」▷PLAY & PLAY/PLAY/PLAY

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1.彼らはいったい何をしてるんだ!?

A-Trak Flips “Rockstar” by Post Malone ft. 21 Savage

D.O.D performs Jewelz & Sparks vs. D.O.D, Hoe, 2016

DJを揶揄する(?)言葉の中に、彼らはあんなに派手な舞台で地味なことしかしていないという意見がある。ここで前提にされるのは、それまでの公演の形が演奏というパフォーマンスに結びついていたところにある。クラシック音楽の公演や、歌手の舞台がそうであるように、彼らはその場で音を奏でている存在である。ドラムを叩き、チェロを弾き、有名なアリアを歌っている。しかしDJの場合、彼らはそこで音を奏でていることが少ない。なぜなら、彼らは既に記録されている音源やミックスをマシーンで再生しているからである。勿論ここにスクラッチングが加わることもある。それは音を新たに生み出しており、流れる音源に新たなリズムを生み出している。しかしそれでもなおDJは舞台の上で地味なこと「しか」していない。彼らが音楽と関わる時、それはボタンを押したりスクラッチングをしたりと、どちらかと言うと地味な行為に近いのである。しかし、それでも観衆は彼らを見て、「感嘆」するのである。

The Lonely Island, When Will The Bass Drop? (ft. Lil Jon), 2014

The Lonely Island, When Will The Bass Drop? (ft. Lil Jon), 2014

https://www.youtube.com/watch?v=XCawU6BE8P8

Avicii, Tomorrowland 2013

Avicii, Tomorrowland 2013

https://www.youtube.com/watch?v=cdJIdclbeEg

2.PLAY 1, PLAY 2

では彼らは地味なことしかしていないのか?これは否定しがたい事実だろう。地味なことをしていると言い切ってしまったほうがいいのである。しかしながら今日は、地味なことでもPlayという単語に当てはまる時代となった。彼らは音楽を再生し(Play)、音やテンポを調整することで曲を奏で(Play)、舞台の上で主人公を演じる(Play)。スクラッチングやサウンドの調整は、彼らがダダ流ししている存在ではないことを証明する。これはA-Trakのプレイング動画を見ても分かるだろう。しかし、彼が行っているのはバンドのパフォーマンスより遥かに大袈裟な身振りも少なければ、やっていることも比較的単純である。だからと言って、彼がその場でピアノを優雅に弾いたり、マイクを持って歌う、それまでの演奏と同じことを行っているわけでもない。リズムやテンポを調整しているだけで(何度も強調するが、なにも悪く言っているわけではない)旋律を奏でてはいない。ここでDJは、PLAYという複数の意味を幅広く抱え込んでいる。そこではPlayという概念が内破(implosion)してしまっている。つまり、辞典的な意味での①演奏すること②音楽を流すことの二つの意味がひとつに抱えられる状況となってしまっている。

DJ Snake, Ultra Miami 2017 (with Moksi)

DJ Snake, Ultra Miami 2017 (with Moksi)

https://www.youtube.com/watch?v=UfBm-F5vkkg

Martin Soiveig & GTA, Intoxicated, 2015

Cheat Codes & Dante Klein,  Let Me Hold You (Turn Me On), 2016

PLAY 3

彼らは単なるMP3ではない。だからといって、その場で即興演奏を見せ付けるジャズ・ピアニストでもない。そして3つ目の意味、③演技する。彼らはEDMのフェスティバルに限らずその派手な舞台、そして時にはミュージック・ビデオで主役を演じているのだ。プロデューサーの名前―”It’s the Cataracs”―が呼ばれることすらありがたかった(?)Devの〈In the Dark〉(2012)から、彼らは今日、より派手な舞台の中で堂々と立つひとりの「存在」として現れるようになった。だからといって、これは必ずしもダンスがうまいということとは限らないだろう。DJ SnakeもMoksiもダンサーばりのテクニックを披露しているわけではない。むしろそれはシンプルな動作―ある人はマース・カニングハム(Merce Cunningham)を思い出すかもしれない―に近い。しかしここで重要なのは、彼らがプロデューサーという縁の下の存在から、その存在を主張できる場に堂々と現れるようになった変化である。ミュージック・ビデオの例だと、Martin SolveigはGTAとコラボをした〈Intoxicated〉(2015)で踊っている。バックダンサーとしてではなく、頻繁に画面中央に目立った恰好で登場している。これは2017年に発表された〈All Stars〉を見ると、彼の存在はより一層目立っている。(余談までに、彼とDragonetteがコラボした〈Hello〉(2010)のミュージック・ビデオを見ると、同じDJのBob Sinclarとテニスに興じているストーリーになっている。ここでは「テニスをする」という意味のPLAY 4まで表現されている。)別の例を挙げると、〈Turn Me On (Let Me Hold You)〉(2016)でCheat CodesとDante Kleinは役になりきっている。(エンディングにはしっかりとキャスティングが紹介されている。)1つのストーリーが演じられるこのミュージック・ビデオで、彼ら―Dante Kleinの場合は特に―に与えられたPlayの意味は多義的になる。DJはセット用に準備した組み合わせで曲を流し、時折テンポを変え、舞台の上で目立つ存在になる。この3つのPLAYが同時に現れる場所、それがUltraやTomorrowlandをはじめとしたライブ・ステージである。それは今までの演奏形態とは異なる、PLAYという単語を多義的に確認できる、なんとも不思議な場である。

KSHMR, Ultra Miami 2017

KSHMR, Ultra Miami 2017

https://www.youtube.com/watch?v=VG4VDrAc2bo&t=755s

(editor K4ø)

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