インスタレーション一覧

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オブジェにつきまとう幻影 (1):益永梢子《Daily routine》

先月、水戸芸術館のクリテリオム93で開かれた個展《Daily routine》に取り上げられた作品は、絵画的な要素とオブジェ(立体)の要素を同時に表している。所々塗られた箇所と、丁寧に作られた立体、または床へ直に置いたり、壁にかけられている様子を見ると、その作品が絵画と彫刻との妙なる関係性を示唆しているようにも思える。私が作品から感じとった絵画の特徴―または絵画らしさとでも言おうか、それは先ほど述べた幻影(性)ではないか。

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写真的傾向:武田鉄平と千葉正也の絵画から

絵画のための絵画、という文章を目にした時、美術史を齧ったことのある人は、クレメント・グリーンバーグ(Clement Greenberg)のモダニズム・ペインティングを思い浮かべるのではないだろうか。平面(flatness)を強調した、つまり絵画らしさを追求したものこそが、それであり、そこにはナラティブや空間(の創出)が含まれないと主張した。

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美術館の透明な壁、趣味家のショーウィンドウ

昨年2017年10月13日~11月10日にかけて、ソウルの趣味家(Tastehouse)で行われた《趣味官》(TasteView)では、多くの芸術家の作品やグッズが、会場のショーウィンドウの中に並べられた。この「異質な」展示について、昨年筆者の書いた内容に付け加える形で、日本語で紹介したいと思う。

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断想:批評のプラットフォームとは《와우산 타이핑 클럽》(Part 3)(副題:ぷらっと、プラットフォーム)

先日、ソウルにある展示空間2Wで行われたトーク・プログラムをきっかけに、筆者が「美術批評のプラットフォーム」について考えをめぐらせてみた。ワウサン・タイピング・クラブ(와우산 타이핑 클럽)に属しながら活動し、何を思ったのか、この場で自分自身に問いかけるよう、「まとまらないまま」まとめてみたいと思う。今回の副題:ぷらっと、プラットフォーム。

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断想:批評のプラットフォームとは《와우산 타이핑 클럽》(Part 2)(副題:球団、もしくはフットボールチームの設立)

先日、ソウルにある展示空間2Wで行われたトーク・プログラムをきっかけに、筆者が「美術批評のプラットフォーム」について考えをめぐらせてみた。ワウサン・タイピング・クラブ(와우산 타이핑 클럽)に属しながら活動し、何を思ったのか、この場で自分自身に問いかけるよう、「まとまらないまま」まとめてみたいと思う。

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断想:批評のプラットフォームとは《와우산 타이핑 클럽》(Part 1)

先日、ソウルにある展示空間2Wで行われたトーク・プログラムをきっかけに、筆者が「美術批評のプラットフォーム」について考えをめぐらせてみた。ワウサン・タイピング・クラブ(와우산 타이핑 클럽)に属しながら活動し、何を思ったのか、この場で自分自身に問いかけるよう、「まとまらないまま」まとめてみたいと思う。

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ナンジ美術創作スタジオ(난지미술창작스튜디오):オープンスタジオ Part 2

昨年ソウルで開かれた展示・イベントをプレイバック!ということで、前回はナンジ美術創作スタジオ(난지미술창작스튜디오)の紹介を簡単に行いました。今回はPart 2として、いよいよオープンスタジオの様子を紹介します!

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ナンジ美術創作スタジオ(난지미술창작스튜디오):オープンスタジオ Part 1

2017年韓国で筆者が見た展示、及びイベントを振り返ってみよう(実は更新が追いついていないだけ)!ということで、昨年見た展示の中から興味深かったものを中心に、少しずつ紹介しようと思います。The Scrap(ザ・スクラップ, 더 스크랩)や趣味家(Taste House, 취미가)については前者は3回に分けて、後者はその3回中の最後の記事でチラッと説明しましたが、他にも興味深い展示がいくつかあったので、メモに書き留めたものを「ちょっと待って、プレイバック!」という形で紹介しようと思います(馬鹿にしていません。笑)。今回はナンジ美術創作スタジオを紹介します!

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韓国総合芸術学校卒展<2017 한예종 조형예술과 졸업전시>

明けまして、おめでとうございます! 日本では紅白、韓国でもおそらく何かしら面白い番組があったと思いますが、、、本当に全然テレビを見ない私は、年末はおそばも食べずに展示会へ。その中で興味深かった展示をいくつか分けて紹介しようと思います!今回紹介するのは、韓国総合芸術学校の造形芸術科専攻の卒展です!

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解体と構築の均衡:アブラハム・クルズヴィエイガス

アブラハム・クルズヴィエイガスの作品において、解体と構築は物理的に循環している。使われなくなったものは、もともとの機能を失っただけで、新たな機能を与えることができる。クルズヴィエイガスの述べた解体は、消滅、そしてゼロからの創造とは異なり、それまでの機能性や脈略から抜け出て、他へと移動する可能性として、構築という概念を同時に抱え込んでいる。

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