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物性を用いた体験型作品:Numen / For Use 《VOID》

Numen / For Use, String Model 2x2, 2015

**物性を用いた体験型作品:Numen / For Use 《VOID》**

 

 

<<Numen / For Useの作品は、幾何学的でシンプルなかたちをしながらも、観客が体験しその肌触り(触覚)を感じ取ることが出来る。その作風はミニマリズムより後に生まれたロバート・モリスをはじめとした芸術家の作品とどこか似ていながらも、彼らの作品が視覚的であったのに対しNumen / For Useの作品ではその物性を生かしていると言える。>>

 

Numen / For Use, String Model 2x2, 2015Numen / For Use, String Model 2×2, 2015 (筆者撮影)

1.大規模で、幾何学的な設置

 ソウルに昨年オープンした現代カード・ストレージ(현대카드 스트리지)でデイヴィッド・シュリグリー(David Shrigley)に続く、第2回目の展示が開かれた。第2回目の展示に選ばれたアーティストは、大規模な体験型の作品で知られているアーティスト・グループ、Numen / For Use(ヌーメン/フォー・ユース)の個展だ。展示会場にはシュリグリーほどの作品の数がなく、むしろそのテクノロジーを駆使した大きい作品がメインであった。例を挙げれば〈String Model 2×2〉はボタンを押すと空気が入るシステムになっており、そうすることで萎んでいたビニールが次第に立方体の形で現すようになる。また、地下の展示室をまるまる使った〈Void〉は、布を合わせたものの中に、鑑賞者が入り込むという体験型の作品である。現代カード・ストレージの展示が終わった後、現在東京の21_21 DESIGN SIGHTで開催中である《『そこまでやるか』壮大なプロジェクト展》(2017.6.23.〜10.1.)の展示スペースにも、〈テープ・トウキョウ 02〉と名付けられた大規模な作品が体験できる。

 これらをはじめとした作品は、その特徴として幾何学的で単純な外見を挙げることができる。ビニールと紐で作られた構造や、布、または鏡(〈N-Light_Big Membrance〉)は、装飾的なモチーフを取り除き、材料を視覚的にそのまま見せている。そして、もうひとつ挙げられる特徴として、―これは先に述べた特徴の延長線上にあるとも言えるが―材質を感じさせるという点だといえる。例えば、ビニールではなく鉄板だったら、作品はどう現れるのだろう?また、閉所恐怖症を引き起こすくらい床と天上部分が密接な布の合わせは、もし紙だったらどうっだたのだろう?彼らの作品では材料の特性を生かしながら制作され、それをときに鑑賞者へ体験を促すアプローチを行っている。

 

Numen / For Use, Tape Tokyo 02, 2017Numen / For Use, Tape Tokyo 02, 2017 (筆者撮影)

 

Tom Friedman, Untitled, 1993Tom Friedman, Untitled, 1993

 

2.触覚的な印象を与える


 〈テープ・トウキョウ 02〉がそうであるように、身近な材料をも用いるという点は新しいものではない。例を挙げると、トム・フリードマン(Tom Friedman)の作品などがそうである。コップや鉛筆、またストローなどを用いた点、そして時にシンプルに現れるフリードマンの作品は、Numen / For Useの作品ととてもに似通っている。しかしNumen / For Useの作品では、その変化が感じられる要素として布やビニールといった、型の定まっていない材料が用いられる。彼らの作品を目にした時、それは視覚的には単調で触覚的な想像をしにくくさせるかもしれないが、―むしろその外見の単調さゆえに―体験を通して、その材質の持つ特質を感じ取ることができる。作品の中に入ってみたりというだけでなく、空気が抜かれてしぼむ過程を見たりすることまで、Numen / For Useの作品ではこのように触覚的情報までが鑑賞者に与えられている点で、フリードマンとは異なる作品の性格と言える。

 これは、ミニマリズムの彫刻家たちが取り組んだ試みに、エヴァ・ヘス(Eva Hesse)やロバート・モリス(Robert Morris)がフェルトなどの型の定まらないものを用いた点と一致する。しかし、彼らの作品が(材質に基づいた)その時間性を表現したのにも関わらず、結局は視覚にのみでしかその触覚性を伝えることができなかったのに対し、Numen / For Use の作品は―ここで展示されなかったものまで含めて―その質感を体験を通して経験させる。それは柔らかいものを「柔らかく見せる」だけでなく、「柔らかさを感じさせる」という、モリスやヘセから一段前へ進んだ試みと評価することが出来る。これは現代カード・ストレージの展示会場でも紹介されていた彼らによる舞台装置・セッティングにも見て取れる。舞台作品〈真夏の夜の夢〉や〈リア王〉で用いられる垂れ幕のような赤い布や、舞踏家ロイ・フラー(Loie Fuller)の衣装を思わせる柔らかな布は、舞台上の俳優によって作品を表現する重要な要素として用いられる。このように、視覚的なものからその物性を生かした作品は、そのものの備え付けられた要素で留まらず、観客と舞台俳優へと開かれた態度でそこに存在する。彼らの作品は(美術館の内部で頻繁に書かれている)「触れてはいけません」からの、直接的な体験である。

 

Robert Morris, Untitled, 1967-8Robert Morris, Untitled, 1967-8

 

 

Numen / For Use, King Lear, 2015Numen / For Use, King Lear, 2015

 

Loie Fuller’s PortraitLoie Fuller’s Portrait

 

3.物性を伝える作品

 物性に注目し、それを観客へ伝えるのに、彼らは的確な材料を用いている。もし彼らが鉄板を用いたとしたら、極端な遮断を表現するに違いないだろう。とはいっても、展示会で彼らが体験型の作品で扱う素材が基本的に柔らかなものであるのは、「体験」というもののヴェクトルを心地よいものへとある程度向けているからではないだろうか。布を用いた今回の作品〈Void〉でも、その空間にハンモックのような心地よさを覚える人もいれば、圧迫感を感じる人もいるだろう。それでも板を合わせたものではないという点では、心地よさや不思議な体験という、いわば安心という方向性へと体験という価値を合わせているように思われる。反対に、心地よさを表さない手法は、舞台作品〈悲歌のシンフォニー〉によく表れている。この作品にはあるシーンで舞台の上の主人公と思われる人物が、ビニールを纏い、その上でテープでぐるぐる巻きにされる。その姿によって観客に息苦しさを覚えさせ、このバレエの元であるヘンリク・ミコワイ・ゴレツキ(Henryk Mikołaj Górecki)が作品に用いた歌詞の内容を、視覚的表現に反映させたと言うことができる。

 

Numen / For Use, Symphony of Sorrowful Songs, 2010Numen / For Use, Symphony of Sorrowful Songs, 2010

 

Numen / For Use, Symphony of Sorrowful Songs, 2010Numen / For Use, Symphony of Sorrowful Songs, 2010

 

(editor K4ø)

 

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