まとめ

断想:批評のプラットフォームとは《와우산 타이핑 클럽》(Part 2)(副題:球団、もしくはフットボールチームの設立)

球団、もしくはフットボールチームの設立(2)

展示空間、「視聴閣(시청각)」の場合

ワウサンもそうだが、Life as Freelancerでも、アイコンとウェブ上のプラットフォームが必要だった。ブログ形式だと、あまりにも私的になりすぎるきらいもあれば、内容の方向性が(今でもその感じは否めなくもないが)定まらないこともある。(見ての通りの)仮名で記事をアップデードすることで、ある程度印象が残るにしても、結局それを「どこで」公開し、伝えるかということを考えたら、結局プラットフォームの必要性が問われる。そしてここで、プラットフォームに私があやかっている事実を明らかにしたい。2Wの展示会場は、そしてそれまで多くソウルで生まれた「新生空間」というスペースは、事実上の廃墟に近い。しかし、その場を一種のギャラリー・スペースのような展示空間として存在させるのは、組織の存在と、それと同じくらい重要なホームページやSNSのアカウント、そしてアイコンである。実際にその空間には足を運べるし、グループのメンバーはしっかり存命している。アイコンの裏には何も無いよ、という子供だましでもなんでもない。アイコンは、その存在へとより近づけるための、手段と言える。これは何もグループだけに限らない。DJや音楽プロデューサーの存在、特に音楽という時間芸術の「耐えきれない揮発性」は、今日に至ってCDやレコードという存在ではなく、可視化されたアイコンやマークによって彼らの存在、そして音楽への存在へと足を運べることができる。

https://www.facebook.com/lifeasfreelancer/Life as FreelancerのFacebookページ

Life as Freelancerの場合もそうである。記事の内容はなにによって伝わるか、それは検索エンジンにマニアックなキーワードを打つことを願うだけではなく、そのキーワードをもこちら側から発信できるかにかかって(も)いる。そのキーワードを伝えるには、ホームページだけでなくSNSのアカウントやページ、またロゴやマークも必要になってくる。これらの流入経路をしっかりと整えた上でないと、数十年後(ならまだ幸いな)前途多望な学者に託す、無責任極まりない方法で終わってしまう。私ははじめ、SNSで宣伝すること、特にFacebookで告知が全体公開などで回ってくることに、違和感を超えた嫌悪感を抱いていた。しかしそれは、大勢の人を一つの記事へと導く、大切な流入経路であった。そういった意味でも、この地味ともいえる作業―Facebookのリンク共有、Twitterに日本語と韓国語の内容でそれぞれ上がる一言―をすることが大事なのである。(この点でゲンロンは本当に精力的にアプローチをしており、驚きを隠せない。)もちろん、これは一人の名前で行っていたら、方向性もはっきりしないままブログと化していただろう。しかし、「Life as Freelancer」の名前を借りることによって、私という筆者は一人でもその流入経路を広げることが出来る。そしてその先にある記事―良質を目指しているが―へと導けたら、もっと嬉しいだろう。(そしてアーティストの方からコメントが返ってきて、共有してもらうほど、嬉しいことはない。)現状を言ってしまえば、元ニューカッスルのケヴィン・ノーラン(Kevin Nolan)などもそうしていた「監督兼選手」の、極端な状況とも言え、今でも切に募集を行っている。数人―そして記事の作成はほとんど私一人で行っている現状―体制で行われているLife as Freelancer、それはその名前を冠してそれより小さな人間が、彼の声を一つの道具や表現法と考えて、作品とアーティスト、また展示を伝える場である。

(Part 3へ続く)

(editor K4ø)

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